患者さんの痛みを自分のことのように感じてしまい、「なんだか心が重い」「仕事への情熱がわかなくなってきた」と感じることはありませんか?
それは、「共感疲労」という状態かもしれません。
共感疲労は、感情労働を求められる職業(対人援助職)に多く、バーンアウトにも強く関連することから社会問題となっています。対人援助職は、看護師や教師など患者や生徒などへの共感など感情面での高い関与が求められる職業のことをいいますが、なかでも、医療現場、特に緩和ケアや救急などの領域は患者さんの苦痛や死に直面する「感情労働」の場であり、看護師はその筆頭に挙げられています。
私は、緩和ケアを主とする病棟に長く勤務していました。私自身も、多くのがん患者に寄り添い、患者の苦悩に共感しケアをする中で自身の感情も揺らぎ、自宅に戻っても食事がのどを通らないことや眠れないこともありました。そのような状況が続く中、私も燃え尽きかけていることにも気づかず、ただ目の前の仕事をこなす日々が続いていたこともあります。
そんなときに、その病棟の職場長になったころ、看護師は「感情労働」であり、患者の苦悩に寄り添い、傾聴し、共感などの感情面での高い関与を求められていることから、知らぬ間に「共感疲労」を蓄積しやすい職業であることを知りました。
このようなデータがあります。
「がんに携わる看護師の54%が中等度以上のストレスであり、22%は過大なストレス状態(Carvalhoら、2005)」
このデータが示すように、当該病棟でもバーンアウトしかけているスタッフもいました。そして私は、がん患者の苦悩に共感し、同じように苦悩するスタッフの様子に、何か対策はないかとその方法を必死に模索し、もがいていました。
そこで、たどり着いたことは、看護師自身が「自分自身をケアする=セルフケア能力」を高めることでした。その一つは、「共感疲労を正しく理解して、自分を知り、自己と他者を区別する」スキルを身につけること。
今回は、現場で働く皆さんが、自分をすり減らさずにケアを続けるためのヒントを、脳の仕組みを交えてわかりやすくお伝えします。
私は、看護師ですので、医療職としてのお話を中心に語りますが、対人援助職の方には、それぞれの立場に置き換えてながら、参考にしてもらえると幸いです。
共感疲労とは何か?

共感疲労とは、「苦悩を抱えた患者への共感そのものによって生じる心理的疲弊状態であり、感情的なバーンアウト状態」であり、この共感疲労は、ケアの代償、対人援助職の落とし穴ともいわれ、そこには何かをしたいが、何もできないという状況、無力感や罪悪感が強く影響している1)といわれています。
つまり、共感疲労をわかりやすく言うと、「他者の痛みや苦しみに寄り添い続けることで、こころと身体のエネルギーがすり減ってしまう状態」のことです。
これは一種の「二次的受傷」とも呼ばれ、患者さんの苦悩を自分のことのように体験し続けることで、医療者自身が心の傷を負ってしまうプロセスです。
その過程では、医療者自身の未解決な心的外傷が素因となったり、無意識化にある未解決な幼少時の葛藤が誘因となったりする2)ともいわれています。
それは、親や重要他者からの虐待体験や、家族との死別時に何もできなかったという無力感などが、目の前の患者に同様な状況が怒った際に、その時の感情がフラッシュバックしてしまうことがあります。
思うように治療がすすまない患者の中には、看護師に対して、強い感情をぶつけてくることも少なくなりません。患者の怒りをぶつけられた看護師は、過去の出来事と重なり、さらに心の傷を深くしてしまい、心理的な疲弊を強くしてしまうこともあるのです。
1)佐藤寧子、がん×マインドフルネス、2018)
2)ハッチントン・TA(編)新たな全人的ケアー医療と教育のパラダイムシフト、2016
なぜ医療者は「疲弊」してしまうのか?
医療者の多くは、もともと「人の役に立ちたい」という高い志を持っています。必死に勉学に励み、国家試験を乗り越え、「患者さんのため」という一心で、自身の寝る間を惜しんで命の臨床現場に立っています。
しかし、その「ひたむきさ」が時にリスクとなります。
感情規則の重圧
社会の中での看護師のイメージは、いまだ「白衣の天使」であり、自己犠牲のイメージや常に受容的・共感的であるべきという「感情規則」が、自身の不安や恐怖を押し殺す「心的感覚麻痺」を引き起こすことがあります3)
看護師は、その役割として、「傾聴・共感」を求められ、、学生時代から徹底的にコミュニケーションスキル・トレーニングを受けます。患者の想いを引き出すために、自分の感情を掻き立てられたり、抑えたりしながらその役割を果たそうとします。患者の安心・安寧のために、看護師は、優しさや平静さをもち続けるよう自分の感情を調整し管理することが求められているのです。
自身の感情を抑えることが日常的になってしまうことで、「失感情状態」になるリスクがあります。これは、また別の記事でご説明しますね。
3)武井麻子、感情労働と看護、保健医療社会学論集、13(2)、2002.
役割ストレス
役割ストレスとは、職業上期待されている役割と、実際に実行している仕事内容のギャップによる役割葛藤から生じるもので、バーンアウトにもつながりやすいといわれています。
看護師は、死に直面しても「泣いてはならない」と教育されてきました。自身のつらさや絶望感は表出してはならないという役割の圧力を感じながら、悲しい・つらいという感情は抑え込んで、笑顔で次の患者のところへと向かわねばなりません。私自身も、担当患者が亡くなった際に、涙をこらえながら、次へのケアに向かった経験があります。相反する感情を処理しながら、看護師としての適切な対応を日常的に求められていくことで、心理的な疲弊は強まっていくのです。
また、特に緩和ケア領域では、医学的に正しいことと、患者さんの希望や緩和ケアの理念との間で板挟みになり、理想と現実のギャップ(役割葛藤)が生じることがあります。
患者さんは、最後の最後まで希望を持ち続けています。それは、当然のことですし、それが生きるエネルギーにもあります。医学的には、治癒が難しい状態であっても、「希望を支えてほしい」「科学的根拠よりも信じるものが欲しい」と懇願されたとき、何とかしてあげたいけれど、何ともできない状況に無力感を募らせていきます。そして、共感疲労が蓄積し、バーンアウトを加速させていきます。

「共感疲労」は心の弱さではありません-それは、脳のしくみ
共感疲労とは、つらい状況にある人を助けようと一生懸命になりすぎるあまり、自分自身が相手の苦しみを「吸収」して、心のダメージを受けてしまうことを指します。これは一種の「心の二次災害」のようなもので、決してあなたの心が弱いからではありません。
なぜ相手の痛みが「自分の痛み」になるのか?
私たちの脳には、「ミラーニューロン」という鏡のような働きをする神経細胞があります。
目の前の人の表情や様子などをあたかも鏡に映したかのように他者の体験を自分のこととして処理する神経細胞を誰もがもっています。
例えば、誰かが痛がっている姿や悲しんでいる姿を見ると、脳はこのミラーニューロンを使って、「あたかも自分が体験しているかのように」同じ神経細胞を活性化させます。
つまり、脳の中では「相手の痛み」と「自分の痛み」の区別が曖昧になり、相手の苦しみを自分のものとして処理してしまう脳の勘違いが起こります。これが、イメージしただけで自分もつらくなる正体です。
感情は伝染する(情動的共感)
行動だけでなく、「痛み」や「感情」についても脳は自分と他者を重ね合わせます。これを脳科学では「情動的共感」や「感情的伝染」と呼びます。
私たちが他者の苦しみや痛みを目撃した際、脳内では「自分自身が痛みを感じている時」と同じ部位(前部島皮質や前帯状皮質)が活性化します。
つまり、脳にとって「自分の痛み」と「他人の痛み」は、神経学的な処理レベルにおいて完全には区別されておらず、他人の苦痛を自分のものとして「吸収」してしまう性質があるのです。
脳には、ミラーニューロンや共感に関わる脳領域(島皮質・前帯状皮質)を通じて、他者の体験を自分の脳内で自動的に再現する「シミュレーション機能」が備わっています。
この強力な仕組みがあるからこそ、私たちは他者の痛みをイメージしただけで、自分のことのように感じ、時に疲れ果ててしまうのです。

「共感」と「慈悲(思いやり)」を使い分ける
脳科学の研究によって、相手を想う心には「2つのルート」があることがわかってきました。
「つらくなるルート」:情動的共感
相手の痛みや悲しみを、自分のことのように「鏡」のように映し出して感じてしまうルートです。
脳は、相手の苦しむ姿を見ると、脳内の「島皮質(とうひしつ)」や「前帯状皮質(ぜんたいじょうひしつ)」といった部位が活性化します。驚くべきことに、ここは「自分自身が痛みを感じている時」に働く場所と同じです。
脳は、「自分と相手の痛みの区別」をあいまいに処理してしまうため、相手の苦悩をスポンジのように吸収してしまいます。その結果、 この状態が長く続くと、脳は過負荷(オーバーロード)になり、自分を守るために感情を麻痺させたり(心的感覚麻痺)、心身ともに疲れ果てて「燃え尽き(バーンアウト)」や「共感疲労」を引き起こしたりします。
「元気になるルート」:慈悲・コンパッション
相手の苦しみを深く理解した上で、そこに飲み込まれず「温かい思いやり」を持って助けたいと願うルートです。これは、 共感のルートとは異なり、脳内の「側坐核(そくざかく)」や「内側眼窩前頭皮質(ないそくがんかぜんとうひしつ)」といった、「報酬系(喜びや快楽を感じる)」や「親和(絆を感じる)」に関わるネットワークが活性化します。
コンパッションの状態では、相手を助けたいという肯定的な意図が働くため、「温かさ」や「ケアへの意欲」といったポジティブな感情が生まれます。
その結果、相手の痛みに圧倒されることなく、安定した心で「共にいる力」が維持されます。これが、支援を続ける中での喜びや充実感(共感満足)につながり、ケアをする人自身の心を守る盾となります。
「同じようにつらくなる」から「大切に想い、行動するわたし」へ
大切なポイントは、「同じようにつらくなる」から「大切に想い、行動する」ためのスキルを身につけることです。自分をすり減らさずに質の高いケアを続けるためには、脳のルートを意識的に切り替えるトレーニングが有効です。
1.自他の区別をつける:心の境界線を守る
「相手の苦しみは相手のものであり、自分のものとは別である」という明確な境界線を保つことが重要です。 相手の感情をスポンジのように吸収し、自他の境界線が曖昧になる状態を「情緒的巻き込まれ」と呼びます。この状態が続くと、脳は過負荷になり、共感疲労やバーンアウトを引き起こしやすくなります。
- 実践のヒント: 「相手の苦しみは相手のものであり、私のものではない」と心の中で唱えてみましょう。これは相手を突き放す冷たさではなく、自分が倒れずに相手を支え続けるための「専門職としての適切な距離感」です。

2.「自己覚知」の力:心身の警告信号に気づく
自分が今「つらくなるルート」に陥っていないか、身体の緊張やモヤモヤに気づくことが第一歩です。
脳がつらいルート(情動的共感)に陥り、ストレスが過剰になると、身体にサインが現れます。例えば、「喉の奥が締め付けられる」「胸が圧迫される」「呼吸が浅くなる」「肩に力が入る」といった微細な感覚です。
- 「今」の状態をありのままに受けとめる: 「あ、今自分はモヤモヤしているな」「心が疲弊し始めているな」と自分の異変に気づくことが、共感疲労から回復するための第一歩です。自分の感じているつらさを「良い・悪い」で評価せず、ただ「今、自分はこう感じているんだな」とありのままに認めてあげることが、自分を癒すことにつながります。
この能力を高めるトレーニング法として、私が医療者にヨーガセラピーをおすすめする理由の一つです。
3.コンパッションへの転換:脳の働く場所を切り替える
ただ一緒に苦しむのではなく、「この人のために、今の自分にできる最善のことは何か?」という「助けたい」という温かな願い(動機)を思い出すことで、脳の働く場所が切り替わります。
「共感」して相手の痛みを分かち合うことは素晴らしい資質ですが、それだけでは崖から落ちるように疲弊してしまいます。「相手を大切に想い、今の自分にできることをする」というコンパッション(慈悲)の視点を持つことは、利用者さんを救うだけでなく、あなた自身の心身の健康(QOL)を守り、長く誇りを持って仕事を続けるための最も大切な知恵なのです。
り~ぶでは、セルフケアを高めるための実践講座を開催しています。詳しくは、以下の記事をご覧ください。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。



